「決断力」 羽生善治
現役最強の棋士、羽生四冠の「決断力」を読んだ。将棋は一手一手の決断の勝負、その道を極めた人には、何か決断における極意のようなものが見えているはずだ。はたして、期待にたがわぬ内容だった。シンプルな文章とたとえで、一見軽く読めるが、その含蓄の深さはただ事ではない。極めたもののみが到達する静かな仙境にたどり着こうとしているような、そんな印象を受けた。
感銘を受けた文章をいくつか抜粋。
・リスクをとることの重要性について
リスクを避けていては、その対戦に勝ったとしてもいい将棋は残すことはできない。(中略)私は、積極的にリスクを追うことは未来のリスクを最小限にすると、いつも自分に言い聞かせている。
他に将棋の勝負中にいかに相手を恐れず「踏み込むか」の重要性も説明されていた。
・集中力について
私が深く集中するときは、スキンダイビングで海に深く潜っていく感覚と似ている。(中略)これ以上集中すると「もう元に戻れなくなってしまうのでは」と、ゾッとするような恐怖感に襲われることもある。
子供のころはそういう深い集中を自然にできていた気がする。それに比べて、今なんと集中力のないことか。もう一度鍛えなおそうと思った。
・狂気の世界
将棋だけの世界に入っていると、そこは狂気の世界なのだ。ギリギリまで自分を追いつめて、どんどん高い世界に登り詰めていけばいくほど、心がついていかなくて、いわゆる狂気の世界に近づいてしまう。一度そういう世界にいってしまったらもう戻ってくることはできないと思う。入り口はあるけれど出口はないのだ。私自身、アクセルを踏み込むのを躊躇している部分がある。(中略)入り口は見えるけれど、一応、入らないでおこうと思っている。
もう戻ってこれない狂気の世界に行ってしまうかも、と思うぐらい、ひとつのことを突き詰めて、極めて行く姿の、なんと格好いいことか。何をやるにしても、そこまで打ち込みたい、入り口が見えるまで精一杯やりたいものだ。
・情報の収集と選択
・・・山ほどある情報から自分に必要な情報を得るには、「選ぶ」より「いかに捨てるか」のほうが重要なのである。
Webニュース、ブログ、など情報ソースが多い中、自分にとって重要な情報以外を切り捨て、それについて「考える」時間を増やさないと意味がない。
全体として、大局観の重要性(全体を見渡し、何が起こっていて何が重要なのかを見極め、流れを読む力)、心の成長の重要性(心技体のバランスのとれた成長)、実践の重要性(知識でなく、やってみて自分のものにすること)などが説かれていた。最初に言ったように含蓄の多いシンプルな文章なので、読む人、読むタイミングや心境に応じて感銘を受ける部分や解釈はいくらでも変わってくるであろう。素晴らしい本でした。